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大阪高等裁判所 昭和40年(う)612号 判決 1965年7月10日

被告人 久保健二

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は弁護人米田軍平作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。なお弁護人は本件停車の行為は適切妥当な処置であるが、かりにそうでないとしても過失による停車であり、過失犯は処罰されていないのであるから、いずれにしても本件は無罪であると主張した。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、被告人が一時停車して右側ドアを締めたところ、母親らしき人が突然「子供を真中へやるから」といいながら左側ドアを開けて降車し、右側ドアから乗り込んで来て子供を座席の中央に坐らせたものであるが、被告人としてはその間約一〇秒の停車をせざるを得なかつたのであり、原判決のいう如く母親らしき人の降車を阻止するに十分な処置に出なかつた事実はなく、危険な状態が去つた後においても停車状態を継続したことがないのである。又被告人としても乗客の瞬間的な降車を阻止することは不可能であり、母親が降車した後の停車は、乗客たる親子の生命身体及び通行中の人車に対する現在の危難を避けるため已むを得ない措置であるから、本件一時停車は緊急避難である、というのである。

そこでまず原判決の認定した罪となるべき事実をみるに、それは「被告人は昭和三七年九月九日午後四時二〇分ごろ神戸市葺合区小野柄通八丁目一番地先道路の交差点の側端から約二メートルの地点において不法に普通乗用自動車兵五あ八、三一八号を停車したものである。」というのであり、更に被告人及び原審弁護人の無罪の主張に対する判断として示した理由は、要するに、自動車のドアが開きかけたので危険であるから、被告人が一時停車してドアを締めたのは適法であるが、その直後母親らしき人が子供を真中へやるからといつて一旦降車し、車の後を廻り反対側のドアから乗車するまで被告人はこれを阻止する十分な措置を採らず、その他妥当な方途を講じないで停車状態を継続していたものであるから、被告人の右の如くドアを締めるまでの停車は道路交通法四四条にいう「危険を防止するため一時停車する場合」に該当するが、ドアを締めた後の停車は右除外事由に当らないというのである。

ところで、被告人が原判示日時、停車禁止の場所である原判示道路上に、原判示自動車を一時停車した事実は証拠上明白であり、原判決は、被告人がドアを締めるため一時停車したのは適法である旨認定しているのであるから、当裁判所は専らそれ以後の停車が停車違反に当るかどうかについて検討することとする。

被告人の司法警察員に対する供述調書及び原審における供述によると、被告人は自動車の後部右側ドアを締めるため原判示道路上に一時停車し該ドアを締めたところ、後部左側座席に乗車していた母親らしき人が後部右側座席の子供を真中にやるといつて左側ドアを開けて降車しようとしたので「降りては困る」と注意したが、母親はいきなり降車し車の後方を廻り反対側の後部右側ドアから乗車し座席の真中にあつた荷物をかわし、子供を真中に坐らせたこと、被告人は母親が降車したので「早くしてくれ」と急がせ、母親が乗車するや直ちにドアを締め発車したことが認められるのである。右事実によると、母親の降車は被告人の予期しない突然の出来事であるから、被告人は母親の降車を阻止できなかつた状況であつたといわなければならない。従つて、母親の行動を阻止しなかつたとして被告人を非難する原判決のこの点の判断は失当である。更に被告人として母親が降車した後車を他の適当な場所へ移行させ、改めて母親を乗車させることが可能であつたかどうかについて検討を加えてみるに、本件停車地点附近は交通の往来の頻繁なところで、被告人の車の前後にも交差点があり、他に適法に停車できる場所があつたとは証拠上認められず、(原審検証調書参照)殊に原審証人佐藤国博の第二回公判における供述によると、本件停車当時被告人の車の前後にバスがいたというのであるから、母親を残して発進することは却つて乗客に対しては勿論他の通行の人車に対する危険性を増長することになり、この危険を犯してまで停車を禁止することは法の目的に反するものである。従つて、母親が乗車するまで車を停車した被告人の措置は「危険を防止するため一時停車する場合」に該当するから、本件停車を不法な停車とした原判決の認定は誤りである。更に証拠を検討しても本件につき法定の除外事由が存在しなかつたことを認めることはできない。

以上の次第で、本件停車違反の公訴事実(原判決認定の事実と同一)については結局犯罪の証明がないことに帰するから、これと相反する事実判断のもとに被告人に対して有罪の認定をした原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があるといわざるを得ず、この点に関する論旨は理由がある。

よつて原判決は他の論旨に対する判断をまつまでもなく破棄を免れないから、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、さきに説示したとおり本件公訴事実については犯罪の証明がないから、同法四〇四条、三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 笠松義資 八木直道 荒石利雄)

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